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リハビリ中 飲めば朝帰り 愛煙家 仕事のストレス

※作者が大病(脳梗塞)で倒れました
作者が大病した為、しばらくHPに触れていませんでした。現在リハビリ中ですが、所々エデットしてみました。ここで闘病生活について、若干触れてみます。
病名は(脳梗塞)です。平成17年12月24日のクリスマスイブの日に記憶は確かではないですが、晩酌をしながらの夕食時トイレに行きたくなって立ち上がろうと思ったら立てないため、家族に手を引っ張ってもらってトイレに行き、出た後廊下で”スゥー”と倒れました。
家内の機転と救急隊員の方の懸命の努力と合計13時間の手術時間に耐えたお陰で(三途の川の向こう岸に渡らずに)生還する事が出来ました。
家族が居る前で倒れたので”ラッキー”でした。
誰かが私の名前を何回も呼んでいるのが記憶にあります。
後で聞いたのですが、救急隊員の方が家内に「宝くじに当たりましたネ!!」と励ましてくれたそうです。
死因別で、ガン・心臓病に次いで3番目の病気でしたが、3時間以内に病院に入れたので良かったです。更に後遺症も大した事がなく皆さんに感謝してます。

※手術・病院生活
着いた病院は海上自衛隊横須賀病院で、規則・規律の厳しい所かと思いましたが、全くそうではなく院長・担当医の先生とは気楽に話しが出来良かったです。
入院中は「今日は何日ですか?ここは何処ですか?」と毎日聞かれました。脳のテストの様です。
そういえば、倒れる前一ヶ月間に時々脳が「プチプチ」と血管が詰まる様な・切れる様な感覚が何度か有りました。
過度のストレスが続いた為、その都度煙草を思っ切り吸った時に感じました。
病院にも灰皿と煙草の自動販売器が置いて有りましたが当然遠慮しました。社会人になって「ズーッ」と吸ってた煙草を止めました。
病院生活は点滴・飲み薬で体調が少し良くなったのと一週間でホームシックになり31日一時帰宅しましたが、1月3日に再発で立っていられなくなって病院へ”U”ターン、それから本格的に入院生活、手術待ちとなりました。
普通の外科手術は入院すると直ぐに手術ですが、脳の手術は入院してから薬で脳が安定するまで約一ヶ月待ちです。そのため入院期間がとても長いです。リハビリを含め人によっては会社復帰がなかなか出来ない事が良く分かります。
手術が近くなり担当医の先生からカテーテル造影検査・CT(MRI)検査での自分の脳の血流写真を見せてもらいましたが、素人目でも分かるくらいはっきり途中で血流が止まってました。
一番不安だったのは神経をつかさどる脳の手術はそうとう痛いのでは!!
先生に「手術は痛いですか」「手術の経験は何回目ですか」など不安材料を聞きまくりました。
先生が「麻酔で痛みは分かりません。目が覚めると終わってますよ」と話してくれたその通りでした。
先日NHKのテレビで、tPA(組織性プラスミノーゲン活性化因子)による治療法が保険適用で出来るようになったとの紹介をしていました。
私に使ってもらったかは不明です。
入院中に時間つぶしで脳梗塞の専門書を買って読んでましたら大変参考になり、自分の置かれている立場が良く分かりました。
死(死亡率7%)を免れた場合でも脳細胞の死滅(壊死)により言語障害や半身不随など、後遺症が残るというケースも多くみられるとの事で、全くその通りでした。
半身麻痺は自然に治らないため、自分の努力とリハビリを頼るしかありません。
手術は二回に分けて行いました。
最初はバイパス手術(手術時間10時間)、脳動脈と浅側頭動脈をつなぎます。
担当医の先生に頭の毛を全部剃ってもらいマジックで切開部分を線引きしてもらっている時は完全に「まな板の鯉」状態でした。
インデアン同様に頭の皮をはいで頭蓋骨に穴を空けて血管を繋いで手術後、骨をチタン合金で固定します。
ICUで口の中に酸素の管を入れてる間は痰が出て苦しくて寝れませんでした。
二回目はカテーテルにて頸動脈ステント手術(手術時間3時間)で手術機具等の都合で、東京都文京区の順天堂医院で行いました。
太い血管が詰まっているので血管内にステント(チタン製のコイル、保険適用外)を入れて血流を回復させます。ステントは一生取れません。
ステントに血がこびり付かない様に一生毎日(血液サラサラになる薬を飲み続けなければなりません。)
順天堂医院のベットの空き待ちでした。自衛隊病院で一ヶ月位待ってましたら大部屋が開いたとの連絡が入り、行ったら二人部屋でした。
当然差額ベット代は高かったです(ガクッ)、隣の部屋は絨毯張りの一人部屋で韓国のお金持ちの人が入ってきました。
ちょうどWBCの日韓戦で、隣の一人部屋対それ以外の部屋との応援合戦はすごかったです。(当然応援しているのは、患者の家族・友人ですが!!)
寝たっきりの患者さんが多いのに、皆さんこの時は何故か元気でした。
参考に有名人が使った一泊70万円の部屋の階まで行ってきましたが中を見る勇気は有りませんでした。空気が違いました。
又、子供専用の部屋が有り、こんなに小さい子供でも脳障害で手術をするのかと思うとたまりませんでした。分かるみたいで手術前日は一日中鳴いてました。
術後の検査のため外来で早めに行って午前中に診察が終わり、いよいよ会計待ちで順番が3800番台、支払いは午後まで待たされ、さすがに巨大病院だなと思いました。
仙台生まれの佐藤さんと奥さん元気ですか!!退院されましたか。
病気の原因は専門書によれば、食生活・運動不測・喫煙・飲酒・過度のストレス・高血圧・糖尿病・高脂血症などで私の場合、酒・たばこ・仕事での過度のストレス・高血圧でした。
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※リハビリと闘病生活
現在毎日、薬を11錠飲んで後遺症と戦っています。
頭皮は白くなり、顔と身体が赤くなり、左手の指は動きが悪く、強い薬のため肝臓ボロボロ・皮膚ボロボロです。
同時期に同じ病で(長島茂雄さん・三遊亭円楽さん)も闘病生活で頑張ってます。
又、西城秀樹さんは「あきらめない」と言う本を出されています。早速、買って読んでます。
退院後歩けないでは困るので、自衛隊病院に入院中はとにかく歩きました。朝4時に起きて明けの看護師さんの目を盗んで病院内を杖を使ったり


>お世話になった病院
歩け歩け 自衛隊横須賀病院 順天堂医院
ピューピュー歩け歩け 自衛隊横須賀病院 順天堂医院



>お世話になった介護用品とリハビリの看護士さん
車椅子 歩行器 クラッチ杖 四点杖 リハビリの先生
車椅子 歩行器 クラッチ杖 四点杖 リハビリの看護士さん


>お世話になったリハビリ用品
ハンドグリップ 平行棒 粘土 アレー 碁石
ハンドグリップ 平行棒 粘土 アレー 碁石



点滴を道連れに一日5~6時間約50~100週回りました。
一週80m位でしたので病人にとっては結構な距離です。
又、非常時のスロープ付外階段を杖を使って1Fから2Fへ往復を繰り返し歩きましたが、とても怖かったのを思い出します。
順天堂病院では、病棟の廊下は狭かったですが、歩いているといつのまにか仲間が増えて4~5人で歩いていました。回診の時間は休憩所の椅子で一休み!!
3号棟までは迷路の様で最初、帰りで迷いましたが慣れてくると院内コンビニでオヤツをゲットしました。
普通の杖に移行する前の「クラッチ杖」は(こんな良い物が世の中に有ったんだ)と思う位、腕にヒットして使い勝手が最高でした。
リハビリ用品の碁石はベットの上に碁石を撒けて、動きの悪い左指で一個ずつ摘んでケースの中に入れるリハビリ用品の一つです。
若い頃は山岳部・スキー部・磯釣クラブの磯歩き、会社の仕事は事務職と違い歩き回る仕事と電柱上りなどで、足には多少自身はあったのですが運動野の脳をやられるとどうにもなりません。
このホームページ作りも右手だけでキーをたたいて作ってます。間違いが多いです。
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※いろんな患者さんと後遺症!!
海上自衛隊横須賀病院での同室の患者さんは骨折などの一般外科の患者さんと私の様な脳神経外科の患者と一緒でした。
いろんな症状の人がいましたが、(夜中歩き回る人)(私がベットの上でテレビを見ていただけなのに、突然私のベットへ来て、くさい臭いを出さないで下さいと言った人)など、さすがに担当医に相談しました。
先生に相談したら患者さんの症状が分かるのでどんどん告げ口して下さいとの事でした。
他の患者さんで真夜中に目覚まし時計をセットして静かな病棟が火事の警報と勘違いして全員飛び起きた事も有りました。
脳障害の後遺症はいろいろ有るようです。
病院の風呂での事ですが、看護師さんに浴室まで連れてきてもらって自分で体を洗おうとしたら、後遺症で左腕麻痺と左側に倒れる癖が有るのを忘れて案の定、頭から左側に倒れ床のタイルとゴッチンコしました。
狭い浴室でしたが何とか自分で起き上がり、外で待ってもらっていた看護師さんに「大丈夫ですか」と言われたとき「大丈夫です」と言った事を思い出します。
それ以後看護師さんに中まで同行してもらう事にしました。
研修中の看護師さんには大変良くいろいろとやってもらいました。
至れり尽くせりで痒いところにも手が届きました。
恥ずかしさより危険回避です。
最初の手術後ベットでトイレに行きたくなり隣に置いてある車椅子に乗り移ろうとしても立てない・乗れない自分が情けなくトイレを我慢した事も有りました。
その後この話を看護師さんにしましたら「ベットの上で用を足して下さい」と言われこれまた(ショック)。
この病気は人権を放棄しないと治らないようです。
私の様なわがままな患者が大勢なので、看護師さんの仕事は大変な仕事の三本の指に入ると思いました。
海上自衛隊横須賀病院でのリハビリの先生の歩行器を使って歩行訓練時どうしても左に向くので先生の引力かと思って右側に添って歩いてもらったがそれでも左に向くので、引力とは関係ない事がはっきり分かりました。
現在も駅で電車を待っている時に線路側に引っ張られる事が何度も有るので注意してます。
私も他の病気等で入院を何回かしましたが順天堂医院では患者が食事の種類を選ぶことが出来、間食も出来きてドンブリ飯のおかげで体重が3㎏位増え腹も出ました。
海上自衛隊横須賀病院の毎週金曜日の横須賀海軍カレーは絶品でした。
何と胃と腸は元気でした。


※専門書による再発を防ぐ治療と生活のポイント「高木誠氏監修、脳梗塞はこうして防ぐ・治す」より
◎血圧、血糖値、血中脂質などは厳密に管理!
 血圧や血糖値などのコントロールが不十分な場合は、薬物療法を開始・継続する。
 食間や就寝前、起床直後の水分補給を欠かさないようにする。
 1日2回くらい60分程度、体を動かす時間をとる。リハビリ施設や地域のレクリエーションなどに参加し、楽しみな がら体力をつけていく。
◎今度こそ禁煙を!
 入院中はタバコをやめていたはず。この際、タバコとはすっぱり縁を切りましょう。
◎日常生活そのものが、機能回復を促す訓練になる。
 
「手助けしたい」という気持ちはあっても、家族はほどよい距離を保つことが大事です。
 
積極的にかかわったほうが良い事は、「外出する自身がない」「面倒だ」などと、自宅に閉じこもりがちになってし  まうと機能低下が進んでしまうので、すすんで人とかかわれる場をつくるように心がけましょう。
◎後遺症は体だけでなく心に残ることもある。脳梗塞の発作後、治療が必要な「うつ」の状態である可能性がある。
 言語障害などから自分の精神状態を訴えられないことも少なくないため、周囲の人が「うつのサイン」を見逃さない ようにすることが大事です。
◎周囲の人が心がけたいこと!
 「がんばってファイト」と励ますより「ムリしないで」と受け止める姿勢が患者さんの安心感を引き出す。
 医療機関との連携
 服薬の確認
◎定期健診(治療効果の確認、治療内容の見直しが必要)
 脳だけでなく全身のチェックを
 治療薬などの処方のための通院(かかりつけ医)
 再発の有無、進行度のチェック(専門医)

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※会社復帰
いろいろ有りましたが、おかげさまで平成18年8月1日より会社へ復帰出来るようになりました。
電車の座席に座りたいため、毎日久里浜駅始発の各駅停車で通勤時間バスも含め片道2時間掛けて通勤してます。
会社の人から半日軽減勤務で4時間掛けての通勤では意味が無いのではと言われましたが横浜駅で電車降車時、後ろから押されて倒されそうな時も有って、いがいに空いてる各駅停車にしてます。
しかし、帰りのバスがここん所壊れる位混んでます。
尚、2007年3月から通常勤務に戻る予定ですが、今より一時間早く起きれるかどうか!!
会社の人から「通勤で筋肉が付いて元気になるんじゃないですか」と言われました。足の膝のじん帯を切ったときは歩く練習でよくなりましたが、この病気は怪我と違い筋肉を付けても直りません。
筋肉マンの長島前監督さん今頃野球やってるはずですヨネ。
会社の人に病状を尋ねられたときは、長島さんを例えて説明しています。(杖を付いて、片手はポケットの中ですヨネ。)と!!
現在の会社には当時機械職で入社しましたが、定年目前で営業職に回されたのも原因の一つだと思います。
思い起こせば、職転の連続でした。職場と仕事にやっと慣れたかなと思ったら畑違いの大きな職転4回!!(上司から君しかいないと言われ従ったのが失敗でした。)
何人か職転の候補がいても最後はいつも自分が妥協していました。
送別会で「勤まらないので職転です」と嫌味を言った事も有りました。
新しい仕事は一からの勉強の連続でした。
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※感謝!!
さて後遺症でまだ左半身麻痺と言語障害と記憶障害の後遺症に悩んではいますが、今生きていられるのも以下の先生と方々のお陰です。
ここで感謝を込めて手術して頂いた素晴らしい先生の名前とスタッフの皆さんを無断で載せます。
自衛隊病院は大川先生(執刀医)・畑田先生(病院長)・リハビリの先生・大勢の看護師さん。
順天堂医院は中井先生(執刀医)・ICUの看護師さん・病棟の大勢の看護師さん。
(特に若い大勢の看護師さんの元気を沢山頂きました。感謝・感謝・大感謝・・・・・)!!
心配してくれた会社の多くの同僚の皆さん。
畑田院長先生には今でもお世話になっています。
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※ついていなかった5年間
今思えばここ5年間はついていませんでした。
北海道へスキーに行けば「左足のじん帯亀裂」で松葉杖生活。
ベランダの花壇の手入れをすれば「左手薬指第一関節の先切断」で指先とサヨナラ。
救急隊員の方に「宝くじに当たりましたネ!!」と言われましたが本当に当たってほしいものです。

ここで退院後自宅に取り付けた介護用の用品を紹介します。


玄関に取り付けた取っ手 風呂場浴槽の取っ手 介護用の風呂用椅子
摑まる所がやっと出来ました 出るときに助かってます 座っても冷たく感じないです
風呂場周りの取っ手 風呂場の非常用呼び出しボタン 外階段の手摺り
新築した時に取り付けました 電話機に連動してます これで階段怖くない

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>この続きは「歩いています」に続きます。